人が死ぬのが苦手でした。今もそうですが、死ぬのが怖くて仕方がないです。だから小説でも漫画でも、リアルな病気が出て来ると体調が悪くなってしまうほどでした。文中に「癌」という言葉が出て来た瞬間に、読むのをやめていたくらいです。
ずっと江戸時代を舞台にした小説を書いていたのは、「死」もファンタジーとして扱えることができたからではないでしょうか。
それが変わったのは、父が五年ほど前に癌にかかって、闘病生活を経て他界したことがきっかけでした。そして昨年、母も癌にかかって緩和病棟に入院後、死んでしまいました。逃げることのできない日々がありました。
何かの小説でも書きましたが、50歳近くになっても親の死はショックでした。親が死んで悲しいだけでなく、「次は自分の番だ」と思いました。死が迫ってきているのを感じたとでも申しましょうか。
そのストレスで、父が他界したときには、右肩が動かなくなりしました。人生100年と言われようと、死や病気を避けていようと、いずれ、「その日」はやって来ると身に染みて分かったのです。
少しずつ「死」と向き合い、いずれ死ぬことを受け入れていこうと思いながら、『あなたの思い出紡ぎます』や『ちびねこ亭の思い出ごはん』を書きました。
小説を書くときに「いちばん興味のあることを書くといい」というのはよく聞くアドバイスですが、私の場合、ずっと死ぬことが怖かったわけなので、『ちびねこ亭の思い出ごはん』『あなたの思い出紡ぎます』は、ある意味、いちばん興味のあることです。
死んだから、どうなるのか?
残された人々は、どう生きるのか?
最期の瞬間、人は何を考えるのか?
怖くて避けていたものを取り上げたからでしょうか、最近は、昔ほど恐怖を感じず(それでも死ぬことは怖いですが)、前向きな気持ちで生きていくことができます。
読者さまや書店さま、編集者のおかげで、続編も書けそうな雰囲気になりつつあります。本当にありがとうございます。今後とも、『ちびねこ亭の思い出ごはん』をよろしくお願いいたします。
ちびねこ亭の思い出ごはん 黒猫と初恋サンドイッチ (光文社文庫)
- 作者:高橋 由太
- 発売日: 2020/04/14
- メディア: 文庫